日経から訴えられる④ | 足尾鉱毒事件自由討論会

日経から訴えられる④

日経の記事が引用した田中正造の演説は、「別子銅山と足尾銅山とでは天地の差がある。別子の鉱主・住友は紳士であるから、足尾の古河のように金をもうけさえすればいい、とは考えない」、といった内容でした。裁判でも、日経は正造の言ったことは正しいと主張しつづけました。しかし、鉱山業の近代化においては古河はトップを走っていましたし、公害問題に関しても同業の別子、小坂、日立の銅山より進んでいました。他社は被害者責任をすぐには認めず、被害農民と直接対決して紛争を長引かせましたが、古河はすみやかに損害賠償の交渉を始め、政府の命令に従って徹底した公害防止工事を敢行したため、被害農民との直接対決はありませんでした。
当時農業被害の原因は、鉱毒よりも洪水のほうが大きい、という説もあった中で、この古河の対応の仕方は、今日の常識から言って異例の見事さです。本を書きながらそうした事実を知らされていたので、田中正造や住友の資料だけを調べて、自分の主張は正しいといい続ける日経の頑固さには、あきれはてました。
新聞記者は調べるのが仕事です。しかも経済の専門紙ですから会社の情報はすぐ手に入ります。それなのに、自分の不勉強を棚に上げて、古河その他の公害対策を調べた者の批判に対して「報道機関に対する侮辱である」などといい続けました。
同じ経済紙でも、産経新聞の場合はだいぶ違っていました。というのは、産経でも日経に似た「われ、官をたのまず」という大型連載記事を、大阪本社経済部の吉田伊佐夫記者一人で書いていたのですが、その9回目に取り上げた伊庭貞剛の記事に、なんと日経と同じ正造の国会演説を引用したのです。
そして、正造が伊庭を評価したと書いたので、私はすぐに吉田記者に間違いを指摘した手紙を出しました。すると彼は、素直に自分の記事を反省し、単行本にする時にはなおします、という返事を速達でよこしたのです。とても誠実でした。私を訴えたときの日経新聞は、たぶん異常だったのでしょう。